新日本プロレス

新日本プロレスのとは?

新日本プロレスは、日本のプロレス興行団体。「KING of SPORTS」を標榜している。昭和47年1月、日本プロレス選手会を除名されたアントニオ猪木が設立。同年10月に設立されたジャイアント馬場率いる全日本プロレスと、男子プロレス界の二大老舗団体として君臨。「ストロングスタイル」と呼ばれるファイトスタイルを掲げている。平成17年11月よりユークスの子会社となる。1970年代よりリングドクター制を取り入れており、健康管理の面においては他団体と格段の差別化となっている。

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新日本プロレスの歴史

  • 1972年(昭和47年)
    ・1月13日、新日本プロレスリング株式会社設立。参加レスラーはアントニオ猪木、山本小鉄、藤波辰巳、木戸修 らの他、豊登が「テレビが付くまでは」と条件付きで参戦。
    ・3月6日、大田区体育館で旗揚げ戦を行う。メインイベントはアントニオ猪木vsカール・ゴッチの時間無制限1本勝負であった。
  • 1973年(昭和48年)
    ・4月、日本プロレスのエースであった坂口征二が猪木と全く対等の条件と言う約束で新日本に移籍。NETがこれに追随し、「ワールドプロレスリング」で新日本プロレス中継を開始。
    ・11月、タイガー・ジェット・シン、新宿伊勢丹前でアントニオ猪木を襲撃。
  • 1974年(昭和49年)
    ・3月19日、アントニオ猪木、元国際プロレスのエース・ストロング小林とメインイベントのNWFヘビー級選手権試合で対戦。
  • 1975年(昭和50年)
    ・NWAに加盟。しかし全日本プロレスの圧力で、団体としてではなく坂口征二・新間寿の個人加盟とされたのに加え、「NWAのヘビー級王者は新日本プロレスに参加しない」という屈辱的な形であった。ほぼ同時期にWWWFとも提携を開始。
  • 1976年(昭和51年)
    ・2月6日、アントニオ猪木とミュンヘンオリンピック柔道金メダリスト、ウィレム・ルスカによる団体初の異種格闘技戦が日本武道館で行われる。
    ・6月26日、アントニオ猪木対モハメド・アリによる格闘技世界一決定戦が行われる。試合は後に猪木アリ状態と呼ばれる膠着戦となり引き分けに終わり「世紀の凡戦」と評されるが、後世の総合格闘技に多大な影響を与える。
  • 1979年(昭和54年)
    ・8月26日、新日本、全日本、国際プロレスによる合同興行「プロレス夢のオールスター戦」が行われる。
  • 1980年(昭和55年)
    ・2月27日、アントニオ猪木対空手家、ウィリー・ウィリアムスによる異種格闘技戦が行われる。
  • 1981年(昭和56年)
    ・4月23日、初代タイガーマスク、蔵前国技館におけるダイナマイト・キッド戦でデビュー。
  • 1982年(昭和57年)
    ・長州力ら、維新軍を結成。
  • 1983年(昭和58年)
    ・5月、第1回IWGPリーグ戦を開催。ハルク・ホーガンが決勝で猪木をアックスボンバーで失神KOし優勝。
  • 1984年(昭和59年)
    ・営業本部長新間寿が前田日明、高田伸彦、藤原喜明、佐山聡らと共に退団、後に第一次UWFを設立。
    ・6月14日、蔵前国技館で行われた第2回IWGPリーグ戦決勝戦で猪木がホーガンに雪辱を果たし優勝。しかし長州力の乱入を経てリングアウト勝ちという不透明な決着に不満を爆発させた観客が放火事件を起こすなど暴動に発展する。
    ・長州力ら維新軍全員と永源遙ら計11名が団体を離脱、ジャパンプロレスを設立。
  • 1985年(昭和60年)
    ・第1回ヤングライオン杯を開催。優勝は小杉俊二。
    スーパー・ストロング・マシンらカルガリーハリケーンズ3人が団体を離脱。
    ・11月、第一次UWF崩壊に伴い、前田日明、高田延彦、藤原喜明らが業務提携という形で復帰。新日本対UWFの抗争が始まる。
    ・IWGPタッグ王座設立。初代王者は藤波辰巳&木村健吾組。
  • 1986年(昭和61年)
    ・新日本プロレス学校開校。
    ・IWGPジュニアヘビー級王座設立。初代王者は越中詩郎。
  • 1987年(昭和62年)
    ・IWGPヘビー級王座設立。初代王者はアントニオ猪木。
    ・長州力ら元ジャパンプロレス勢が新日本復帰。
    ・10月4日、アントニオ猪木とマサ斎藤が巌流島で2時間にも及ぶ決闘を行う。
    ・11月19日、前田日明、後楽園ホールで行われた6人タッグ戦で長州力の顔面を蹴り欠場に追い込む(前田顔面蹴撃事件)。これを受けて新日本は前田を無期限出場停止処分とする。
    ・12月27日、両国国技館興行でたけしプロレス軍団が登場。当初開催予定だったメインイベントのアントニオ猪木対長州力戦を中止し猪木対ビッグバン・ベイダー戦に急遽変更。カード変更に加えて猪木がベイダーに3分弱で敗れるという試合結果(当初…藤波・木村vsマサ斎藤・ベイダー、猪木vs長州。1回目のカード変更…藤波・木村vsマサ斎藤・長州、猪木vsベイダー。これで藤波・木村vsマサ斎藤・長州が行われる。2回目のカード変更…残り猪木vsベイダーの前に、猪木vs長州。従って、猪木(、長州)は2試合戦った。)に観客席からリングにゴミが投げ込まれるなど暴動騒ぎに発展。新日本は両国国技館の使用を禁止される(翌々年に解除)。
  • 1988年(昭和63年)
    ・2月1日、前田日明、解雇される。その後前田は第2次UWFを設立。高田伸彦、藤原喜明、船木優治、鈴木実らが新日本を退団しこれに合流。
    ・武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也が闘魂三銃士結成。
    ・第1回トップ・オブ・ザ・スーパージュニア開催。優勝は越中詩郎。
  • 1989年(昭和64年)
    ・4月24日、第1回東京ドーム興行「’89 格闘衛星☆闘強導夢」開催。アニメとのタイアップレスラー、獣神ライガーがデビュー。
    ・アントニオ猪木、参議院議員選挙にスポーツ平和党から出馬し当選。これに伴い坂口征二に社長職を譲る。
  • 1990年(平成2年)
    ・3月15日、坂口征二が引退。
    ・4月13日、新日本、全日本、WWFによる合同興行「日米レスリングサミット」を開催。全日本とWWFが対抗戦を行う中、新日本は所属・レギュラー参戦選手同士によるカード提供に留める。
    ・WCWと提携開始。
  • 1991年(平成3年)
    ・第1回G1 CLIMAX開催。優勝は蝶野正洋。
  • 1992年(平成4年)
    ・この年から、1月4日に東京ドーム興行が行われる。
    ・越中詩郎、選手会に無断で誠心会館の自主興行に参戦し選手会と対立、木村健悟らと反選手会同盟(後の平成維震軍)を結成。
    ・WARとの対抗戦が始まり、天龍源一郎らが定期的に参戦する。
  • 1993年(平成5年)
    ・5月3日、初の福岡ドーム興行開催。
  • 1994年(平成6年)
    ・第1回ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア開催。優勝は獣神サンダー・ライガー。
    ・SUPER J-CUP1st STAGE開催。優勝はワイルド・ペガサス。
  • 1995年(平成7年)
    ・4月28日、北朝鮮・平壌で「平和の祭典」興行を開催。メインイベントにはアントニオ猪木対リック・フレアー戦が組まれ、10万人以上を動員する。
    ・10月9日、東京ドーム興行でUWFインターナショナルと全面対抗戦を行う。
  • 1996年(平成8年)
    ・1月4日、東京ドーム興行で高田延彦がIWGPヘビー級王者になり、初めて他団体に流失。
    ・蝶野正洋、WCW参戦中にハルク・ホーガン率いるnWoに加入。帰国後、その日本支部としてnWoジャパンを結成。
  • 1997年(平成9年)
    ・4月12日、東京ドーム興行でバルセロナオリンピック柔道銀メダリストの小川直也がデビュー。デビュー戦で橋本真也に勝利。
  • 1998年(平成10年)
    ・1月4日、東京ドーム興行で長州力が引退。
    ・4月4日、東京ドーム興行でアントニオ猪木が引退。ドーム興行としては最高の70000人を記録。
    ・IWGPジュニアタッグ王座設立。初代王者は大谷晋二郎&高岩竜一組。
  • 1999年(平成11年)
    ・1月4日、東京ドーム興行でUFO対新日の対抗戦が行われ、小川-橋本戦が無効試合となった。また、試合後に大乱闘となった。
    ・平成維震軍が解散。
    ・長期欠場から復帰した蝶野正洋が欠場の間にnWoを掌握した武藤敬司と対立、TEAM 2000を結成。
    ・4月10日、東京ドーム興行で蝶野正洋対大仁田厚戦が団体としては初となるノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ形式で行われる。(ただし団体側は公式試合としてこれを認めず「第0試合」としている)
    ・6月24日、藤波辰爾が代表取締役社長に就任。前社長の坂口征二は代表取締役会長に就任する。
  • 2000年(平成12年)
    ・WCWの経営悪化に伴い提携解消。
    ・1月4日、東京ドーム興行でTEAM2000・蝶野正洋とnWoジャパン・武藤敬司が直接対決。蝶野が勝利し、nWoは消滅。
    ・4月10日、東京ドーム興行で橋本真也が引退を賭けて小川直也と対決するも敗れ、公約通り引退。
    ・4月14日、気仙沼市総合体育館興行における福田雅一対柴田勝頼戦の試合中に福田が意識不明となり緊急入院。4月19日に永眠。試合中の事故による死亡は日本の男子プロレスでは史上初。
    ・7月30日、横浜アリーナ興行で長州力が現役復帰。大仁田厚とノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチで対戦。
    ・8月11日、両国国技館興行に当時、大量離脱で存亡の危機に晒されていた全日本プロレスの渕正信が来場。新日本対全日本の対抗戦が開戦し、長らく対立関係にあった両団体の歴史的交流が開始する。
    ・10月9日、テレビ番組の企画でファンに押される形で現役復帰した橋本真也が藤波辰爾と復帰戦を行う。その後、「新日本プロレスリングZERO」を設立し他団体交流などを目的とした団体内の別組織として独立を宣言するが、反対した現場監督・長州力と対立。
    ・11月13日、橋本真也の解雇を発表。
  • 2001年(平成13年)
    ・WCWから帰国した武藤敬司が団体の垣根を超えた超党派ユニット「BATT」を結成して全日本に参戦。
    ・6月8日、全日本・日本武道館大会にて、武藤が新日本所属選手としては初となる三冠ヘビー級王者になる。
    ・10月8日、東京ドーム興行にプロレスリング・ノアの秋山準が参戦。永田裕志と組み、武藤敬司&馳浩組に勝利。新日本とノアの交流が始まる。
  • 2002年(平成14年)
    ・1月31日、武藤敬司、小島聡、ケンドー・カシンの3選手とフロントスタッフ5人が新日本を退団し全日本に移籍。
    ・新日本プロレスLA道場開設。
    ・5月2日、東京ドームにおける創立30周年記念興行にプロレスリング・ノアの三沢光晴が参戦。メインイベントで蝶野正洋と対戦するも30分時間切れ引き分けに終わる。
    ・5月、現場監督を解任された長州力が団体批判を行った後に退団。10月には佐々木健介が、翌年には越中詩郎、鈴木健想がこれに追随。
    ・8月11日、第12回G1 CLIMAX終了後、新日本隊と魔界倶楽部・藤田和之・高山善廣ら外敵との抗争が勃発。
    ・藤田和之の提案によりNWFヘビー級王座が復活。
    ・9月6日、ジョーニー・ローラー参戦。新日本初となる男女混合試合が行われる。
    ・10月14日、東京ドーム興行にボブ・サップが参戦。
    ・11月28日、棚橋弘至、交際中の女性タレントにナイフで背中を刺され重傷を負う。
  • 2003年(平成15年)
    ・棚橋弘至の提案によりIWGP U-30無差別級王座設立。初代王者は棚橋弘至。
    ・4月18日、後楽園大会で木村健悟が引退。
    ・5月2日、東京ドーム興行で新日本独自ルールの「アルティメット・クラッシュ」形式による総合格闘技戦が開催される。
    ・坂口征二CEOと高山善廣との間に遺恨が生じ、坂口が限定復帰。10月13日の東京ドーム興行における真猪木軍とのイリミネーションマッチでは次男で俳優の坂口憲二がセコンドにつく。
  • 2003年(平成15年)
    ・1月4日、東京ドーム興行でIWGPヘビー級王座、NWFヘビー級王座の統一戦が行われ、IWGP王者の中邑真輔がNWF王者・高山善廣を下しNWF王座を封印。
    ・6月、経営コンサルタントの草間政一が代表取締役社長に就任。前社長の藤波辰爾は代表取締役副会長に就任。
    ・7月、獣神サンダー・ライガーが、邪道、外道、竹村豪氏らとヒールチーム「C.T.U」を結成。
    ・10月9日、両国国技館興行に長州力が登場。新日本対リキプロの抗争が始まる。
  • 2005年(平成17年)
    ・上井文彦取締役が新日本を退団。その後、同じく退団した柴田勝頼らとビッグマウスを設立。
    ・2月20日、天山広吉対小島聡による史上初のIWGPヘビー級王座、三冠ヘビー級王座ダブルタイトルマッチが行われ、三冠王者の小島が勝利。
    ・永田裕志、中西学、ケンドー・カシン、藤田和之が山本小鉄を顧問にレスリング軍団チーム・ジャパンを結成。
    ・第1回NEW JAPAN CUP開催。優勝は棚橋弘至。
    ・5月、草間政一が代表取締役社長を解任され、後任としてアントニオ猪木の娘婿であるサイモン・ケリー猪木が就任。
    ・10月8日、東京ドーム興行に元WWE王者のブロック・レスナーが参戦。蝶野正洋、藤田和之との3ウェイ戦を制しIWGPヘビー級王座を獲得。
    同日、長州力がリキプロに在籍したまま新日本の現場監督に復帰。
    ・11月14日、アントニオ猪木が保有していた新日本プロレス株式をユークスが買収。ユークスが新日本プロレスの親会社となる。
  • 2006年(平成18年)
    ・1月4日、東京ドーム興行を開催。ビッグマウス、ZERO1-MAXなど他団体の選手も参戦。
    ・1月、西村修、田中秀和リングアナウンサーら団体史上最多の11人の選手・スタッフが契約を更改せず退団。その後も木村健悟、藤波辰爾などが退団。
    ・3月、新日本とは別ブランドとなる興行LOCK UP、WRESTLE LANDの開催を発表。
    ・7月、ブロック・レスナーが「契約上のトラブル」で来日を拒否、これを受けて新日本はレスナーの持つIWGPヘビー級王座を剥奪。しかしレスナーがベルトを返還しなかったために、以降しばらく新日本では2代目IWGPベルトを使用。
    ・10月、天山広吉がG・B・Hを結成。
  • 2007年(平成19年)
    ・1月4日、全日本プロレスの協力により“レッスルキングダム in 東京ドーム”を開催。
    ・3月、サイモン・ケリー猪木が代表取締役社長を辞任。副社長の菅林直樹が後任として社長に就任。
    ・8月12日、蝶野正洋、長州力、獣神サンダー・ライガーらがレジェンド軍を結成。
    ・9月1日、9月2日、蝶野正洋プロデュースによる興行「蝶野王国」が開催される。
    ・11月、中邑真輔、後藤洋央紀、稔、プリンス・デヴィット、ミラノコレクションAT、ジャイアント・バーナード、トラヴィス・トムコがRISEを結成。
  • 2008年(平成20年)
    ・1月4日、“レッスルキングダムII in 東京ドーム”を開催。TNA、ドラディション、ZERO1-MAX、全日のブードゥー・マーダーズ、そしてグレート・ムタが7年8ヶ月ぶりに新日本に参戦。
    ・2月17日、中邑真輔がカート・アングルを破りIWGP王座防衛とともに3代目IWGPベルトを奪取して王座を統一。その後、4代目IWGPベルトを使用。
    ・4月27日、武藤敬司が8年4か月ぶりにIWGP王者になり、全日本プロレスに2度目の流出。
    ・8月17日、G1 CLIMAX 2008で後藤洋央紀が初出場で初優勝。
  • 2009年(平成21年)
    ・1月4日、“レッスルキングダムIII in 東京ドーム”を開催。全日本プロレス、プロレスリング・ノア、TNAなどから選手が参戦。史上初のIWGP全王座移動が起こる。
    ・4月、中邑真輔、矢野通がCHAOSを結成。
    ・10月12日、蝶野正洋25周年特別興行“ARISTRIST IN 両国国技館”を開催。闘魂三銃士と四天王の豪華共演が実現した。

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